いま話題のニュース政治は社会の全般にわたって統治をもたらし、維持、または修正する活動であり、社会的活動である対立と協力と密接に関係している。対立の側面に着目したドイツの政治学者カール・シュミットは『政治的なものの概念』において「友敵理論」を展開している。シュミットによれば、社会におけるさまざまな対立の全てが政治的対立であるわけではない。政治的な意味での対立は争点をめぐって二つの排他的な集団が形成されることに始まり、相互に相手の存在を否定するほどに対立することでもたらされる。言い換えれば、両者が相互に物理的手段によって相手を殺戮する敵対関係こそが政治的対立であり、そのような状況は国内においては内戦、国外においては戦争として表面化する。このような対立の観点から政治を把握する議論によれば対決や紛争は政治そのものであると見なすことができる。しかし社会での協力にハンナ・アーレントは注目して別の議論を提示する。アーレントによれば政治の本質を他者との「活動」(action)であると捉える。アーレントによればここでの活動とは生命維持のための労働や耐久財を周囲に付与する仕事とは異なる人間の行為の一種である。それは各々異なる特性を持つ人間同士が言語によって何かを共同して行動することであり、また他者に対して自分が何者であるかを役者(actor)として表現する行為でもある。つまりこのような活動による他者との共同こそが政治の本質であり、このような協力を以って政治を定式化する議論によれば、政治が協力関係の構築や紛争の解決に向かう過程であると見なすことができる。
これまでの対立と協力という観点で政治の輪郭を概観してきたが、さらに政治を捉える視点は存在している。その一つとして統治術としての政治がある。このような視座を端的に示しているのはドイツの宰相オットー・フォン・ビスマルクは「政治とは科学ではなく、技術である」という発言である。元来、政治を意味する英単語(Politics)とは古代ギリシアのポリス(Polis)と呼ばれる都市国家に由来する。つまり政治とはポリスに関する事柄として理解されうるものであり、現代においては政治はしばしば国家に関する事柄として理解される場合もある。政治を統治の技術と見なすならば、政治とは国家を適切に運営することに他ならず、その際に生じるさまざまな問題に対処する技術であると考えることができる。アメリカの政治学者デイヴィッド・イーストンは『政治体系』において政治を「価値の権威的配分」と定義づけており、社会の中の利益や負担を再配分することによって社会からの圧力に政府が対応することが政治であると定式化している。これを理論的な用語に言い直せば、政治的な権威に基づいて全ての成員によって全ての成員に利益をもたらす政治体(Polity)に社会を組織化することが政治だと考えることができる。
政治を観察するもう一つの視角は公共性である。つまり政治的なものと非政治的なものを、公的領域と私的領域と対応して区別するのである。アリストテレスは『政治学』において「人間は生まれながらに政治的動物である」と考え、言語によって快楽や善悪を共有することで政治共同体を構築する能力を備えているものと述べた。しかしこのことは人間が生まれながら公的領域に所属しているのではなく、私的領域から出発して公的領域を法律を正しく定めることで構築しなければならない。公的領域が成立することで人間は私的生活よりも善い公的生活を獲得することができる。公的領域と私的領域を区別する境界とは国家と市民社会の区分と等しいと考えることができる。政府、裁判、軍隊などの諸制度を含む国家という制度は共同体にとって責任を伴うために、公共性を備えたものであると評価することができる。一方で家族、親族、組合、協会などを包括する市民社会は社会全体ではなく個人的な利害のために組織されるものである。このような公的領域を重要視する立場はイギリスの政治思想家ジョン・スチュアート・ミルが公的生活が個人の人格的、道徳的、知的な発展を促進すると考えていたことにも表明されている。しかしながら、公的領域が人々が自由に選択した活動を妨げるという立場に立つならば、私的領域は個人の自由が保障される領域であるべきであると考えられる。
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