統治権(とうちけん)とは、国際法や国内法で有する国土や国民など国家を治める権利のことである。主権や国権ともいう。国家の最高権力といえる。国内でどのように発動されるかによって、政治体制の種別がなされる。
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0083:神聖不可侵の天皇が統治権を有し、かつこの統治権は制限されることがないという天皇主権説を主張した人物は誰か。【H13 早稲田大 社会 改】
「祭司王」としての天皇は,政治の神聖な側面を担われる。天皇が総攬する「統治権」も,そのような聖なる業として理解しなければならない。政治の神聖な側面とは,「儀礼」という「形式」にある。立法・行政・司法・軍事といった統治権の行使は,最終的には天皇の聖なる御業と「みなされる」のである。
「天皇が統治権を総攬する」とは,「形式」にすぎない。しかし,我が国では,この「形式」にこそ重きを置く。天皇は祭祀を司る「祭司王」である。そして,政治も元を辿れば「まつり(ごと)」である。政治には,俗の最たる面もあれば,神聖な側面もあるのである。
「天皇は政務を執らない」という「掟」がある以上,天皇は政治に一切かかわることなく,専ら神事や芸能等のお役目を果たしていただければそれでよく,まして「統治権の総攬者」などというお立場は相応しくないのではないか,とも思えてくる。だが,事はそう単純ではない。
立法権・行政権・司法権といった統治権は天皇が「総攬」していたが,実際に権限を行使していたのは,「国会・内閣・裁判所」であった。陸海空軍の統帥権も天皇に帰属していたが,実際に軍事的決定を行っていたのは軍部であった。このように,天皇は「政務を執らない」ことが原則化されていたのである。
「統治権」が天皇にあったことから,帝国憲法は天皇独裁だったのかといえば,それは違う。天皇は統治権の総攬者であったが,これは形式にすぎない。日本国憲法でも,天皇に内閣総理大臣の任命権や,国会の召集権,衆議院の解散権があるが,誰も「天皇に政治権力がある」とは言わない。それと同じこと。
@houjyo_fujin_ 【近現代の天皇】 122代明治→123代大正→124代昭和→125代今上。( ゚∀゚)o彡° 大日本帝国憲法では神聖不可侵な元首、統治権の総攬者、陸海軍の統帥権など天皇大権を有した。日本国憲法では日本国及び日本国民統合の象徴として国事行為を行う。
「主権」の他の意味,すなわち「統治権」が天皇にあったことからすれば,帝国憲法は「天皇主権」といえなくもない。しかし,仮にそうであっても,これを「国民主権」と対置することはおかしい。両者で「主権」の意味が違うのだから,「天皇から国民へ主権が移った」とは言い得ない。
@houjyo_fujin_ 【近現代の天皇】 122代明治→123代大正→124代昭和→125代今上陛下。( ゚∀゚)o彡° 大日本帝国憲法では神聖不可侵・元首・統治権の総攬者・陸海軍の統帥者として天皇大権を有した。日本国憲法では日本国と日本国民統合の象徴として国事行為を行う。
「主権」には,3つの意味がある。①国家の統治権の意味,②対外的に独立しているという意味,③国政に関する最高決定権の意味。「国民主権」といった場合の「主権」は③の意味である。つまり,「国民が国政の最高決定権を有する」という体制が,「国民主権」である。