自由主義(じゆうしゅぎ、英: liberalism、リベラリズム)とは、政治や経済などにおける思想や運動や体制の類型のひとつ。
啓蒙思想から生まれた近代思想の一つであり、人間は理性を持ち従来の権威から自由であり自己決定権を持つとの立場から、政治的には「政府からの自由」である自由権や個人主義、「政府への自由」である国民主権などの民主主義、経済的には私的所有権と自由市場による資本主義などの思想や体制の基礎となり、またそれらの総称ともなった。自由主義は政治や経済における多元主義でもある。自由主義の対比語は、政治学的には権威主義や全体主義、経済的には社会主義の計画経済などの集産主義である。
「自由主義」や「リベラリズム、リベラル」という思想や用語は、時代や地域や立場などにより変化している。初期の古典的自由主義(Old Liberalism)はレッセフェールを重視して政府の権力を最小化する立場が多かったが、20世紀には社会的公正を重視して社会福祉など政府の介入も必要とするニューリベラリズム(New Liberalism、社会自由主義)が普及した。アメリカ合衆国や日本では「リベラル」という用語は、この社会自由主義の意味で使われる場合が多く、穏健な革新を目指す立場(中道左派)だとされる。この「リベラル」に対して本来の自由主義的な側面を強調する表現がリバタリアニズム(libertarianism)で、特に経済的に古典的自由主義を再評価する立場を新自由主義(ネオリベラリズム、Neoliberalism)とも呼ぶ。
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D・ハーヴェイが新自由主義のことを「マルクスが19世紀に脱構築した資本主義を復古させようとする反革命」と論評していたけれど、カウンターレヴォリューションがあるためにはレヴォリューションがあったわけで、それが1920年代から1970年代までの社会主義なんではないかと。
RT @show_you_all: 「米国大学院で洗脳された経済学者」が持ち帰ってきた「新自由主義思想」を基に「消費者主権思想に基づく規制撤廃。競争原理の貫徹。株主価値の最大化を目的とするコーポレート・ガバナンス。自己責任の徹底」に舵を切った「小泉・竹中改革」。米国モデルの行きつく先は、結局「経済の金融化」だった。
RT @ns1smilife: しかし、府市統合本部の議論は無茶苦茶やな…。極論を持つ新自由主義信奉者ばかりが会議の場にいて、そこに放り込まれた常識人の発する正論が極論に駆逐されるとか…。大阪を新自由主義の実験場にして混乱させたいのは改めてよくわかった。その隙に火事場泥棒する気なんでしょ。
RT @kiyoshikasai: ボードリヤールによれば、消費社会という黒ミサが全面化した。これに大衆蜂起という白ミサが対置されたわけだが、68年でボードリヤールの希望は半分かなえられたといえる。しかし、本来性への復帰とは異なる絶対的な「自由」の要求もまた、たちまち新自由主義的な自由に簒奪されてしまう。、
スターリン自由主義を語る
うちの氷ジムは自由主義。だってジムリがマイペースで自由だからー!自由だー!
RT @kiyoshikasai: ボードリヤールによれば、消費社会という黒ミサが全面化した。これに大衆蜂起という白ミサが対置されたわけだが、68年でボードリヤールの希望は半分かなえられたといえる。しかし、本来性への復帰とは異なる絶対的な「自由」の要求もまた、たちまち新自由主義的な自由に簒奪されてしまう。、
RT @evessnet: うーん…年金や生保は要らないから自分にアッパーミドルの暮らしをさせろ、と「人に求めること」自体、新自由主義ならぬ劣後者排他主義では、排除の対象になるんじゃないかな。そんなもん政府に頼らず自分で勝ち取れと。つまり、無責任政府主義。
社会的諸条件を括弧に入れて「努力すれば報われる」などと人間の可塑性に期待するポーズをとる新自由主義って、やっぱ昔の共産主義の変奏だわ。事実、転向左翼多いしな。
ボードリヤールによれば、消費社会という黒ミサが全面化した。これに大衆蜂起という白ミサが対置されたわけだが、68年でボードリヤールの希望は半分かなえられたといえる。しかし、本来性への復帰とは異なる絶対的な「自由」の要求もまた、たちまち新自由主義的な自由に簒奪されてしまう。、